【検証】2025年の崖は回避できたのか?DX推進の現状

2018年、経済産業省が発表した「DXレポート」は、日本企業に衝撃的な警告を発しました。「2025年以降、最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性がある」――いわゆる「2025年の崖」です。

近年はクラウド技術やAIなど新たなテクノロジーの普及が進む一方で、十分に活用されないまま旧来のシステムに依存し続けている企業も散見されます。競争力の面で海外企業に後れを取るリスクが高まっており、日本企業全体として取り組むべき優先課題が山積しています。 本記事では、IPA(情報処理推進機構)の「DX動向2025」などを参考に、日本企業のDX推進の現状を検証します。さらに、2023年以降に急速に普及した生成AIがDXに与える影響、業界別の進捗状況や今後の展望まで解説します。

【この記事のポイント】
📊 ポイント①:DX取組企業は増加も、日本は「成果創出」で苦戦
🏢 ポイント②:企業規模・業界で明暗くっきり「二極化」が進行
🤖 ポイント③:生成AIは救世主か?人材不足の一方で新たなリスクも

【検証結果】2025年の崖、日本企業の現在地

まずは、“2025年の崖”が提示されてから現在までの日本企業の動向を振り返り、DX推進状況やその成果を分析します。

DX推進企業は増加したが、成果に格差

日本におけるDXの取組は進んでおり、「全社戦略に基づき、全社的にDXに取組んでいる」の割合は、米国と同等程度であり、ドイツよりも高いことがわかりました。

これらの数字は、日本企業の多くがDXに取り組み始めており、「2025年の崖」回避に向かっているように見えます。特に、2023年度は「全社戦略に基づき、全社的にDXに取り組んでいる」の割合が37.5%に達し、2022年度の26.9%から大きく増加しました。

しかし、その恩恵を真にビジネス成果につなげられている企業は米国・ドイツに比べて遅れをとっているのが現状です。

日本企業のDX推進は「量」は増えたものの、「質」の面で一朝一夕にはいかないことが明らかです。

予測された損失は現実化したのか

当初予測された「年間最大12兆円の経済損失」について、残念ながら、正確に測定したデータは公表されていません。しかし、以下の状況から、多くの企業では深刻な問題が継続していることがわかります。

レガシーシステムの状況を3か国で比較すると、「レガシーシステムはない」の回答割合は日本が一番高いものの、「ほとんどがレガシーシステムである」「わからない」の回答割合も日本は一番高く見られました。レガシーシステムによるDXへの影響は、新規技術導入の遅れや、保守運用コストの増大、データ利活用などビジネスの機動性低下、セキュリティリスクが挙げられます。レガシーシステム刷新に踏み切れない企業では、「2025年の崖」を克服する道は険しいと考えられます。

企業規模・業界別の明暗

大企業の一部では、豊富な資金と人材を背景にDXを着実に進めています。クラウドやAIの共通基盤を整備し、小さなPoCを重ねることで、新商品・新サービスの開発スピードを高めています。
一方、中小企業や一部の業界では、IT投資余力の乏しさや人材・ノウハウ不足から変革の優先度が下がりがちです。その結果、企業規模や業種によってDXの進み具合に大きな差が生まれ、競争力の格差拡大につながっています。

業種別に見ると、図表の通りDX推進度が最も高いのは金融・保険業であり、相対的に遅れているのはサービス業です。
「2025年の崖」は、大企業や金融・保険業では回避に向けた取り組みが進む一方で、中小企業やサービス業では依然として大きなリスクとして残っており、DXの二極化が進行している状況だといえます。

2025年の崖を深刻化させる「3つの壁」

DX推進が思うようにいかない背景には、3つの壁が存在しています。

第一の壁:人材不足の加速

当初の「DXレポート」で指摘されていたIT人材不足は、2025年現在、さらに深刻化しています。

日本では2023年・2024年ともに、「やや不足」「大幅に不足」と回答した割合は約8割でほぼ変化がありません。一方、米国やドイツとでは「過不足はない」とする企業が半数以上を占めており、その差は歴然です。 DXに後れを取っている中小企業でも、「ITに関わる人材の不足」「DX推進に関わる人材の不足」といった人材面の課題を最優先にあげているのがわかります。

さらに深刻なのは、レガシーシステムを理解する旧世代の技術者が退職する一方で、新しい技術を扱える人材も不足しているという「両面の人材不足」です。競争が激化する中で優秀な人材を確保するハードルは高まる一方で、外部リソースの活用や自社での育成戦略が一層重要になっています。

参考:
2025年の崖とは?意味と企業への影響、克服するためにすべきことを紹介
中小企業基盤整備機構:中小企業のDX推進に関する調査(2024年)

第二の壁:デジタルトランスフォーメーション段階の停滞

DXの取り組みは3段階に分類されています。

  • 第一段階|デジタイゼーション:アナログ・物理データのデジタル化
  • 第二段階|デジタライゼーション:業務プロセスのデジタル化、効率化
  • 第三段階|デジタルトランスフォーメーション(DX):ビジネスモデルの根本的変革

これらの段階において、多くの企業が第1段階、第2段階どまりとなっており、本来の目的である「ビジネス変革」にたどり着いていない状況です。

上図から、デジタル化と効率化は進んでいるものの、ビジネス変革段階では、成果が出ていないことが読み取れます。ビジネスモデルの変革に取り組んでいるにもかかわらず、成果を実感できているのはたったの16.4%です。

DXの取り組みを「IT導入」と捉え、本質的なビジネスモデルの変革や経営改革として取り組み切れていないとも言えます。

第三の壁:評価とPDCAサイクルの不在

DXプロジェクトを成功させるためには、定量的かつ明確なKPIを設定し、継続的に改善を行うPDCAサイクルが不可欠です。しかし、日本では6割以上の企業が「評価指標を設定していない」と回答しています。

評価指標が決められていないということは、DXの取り組みによる投資対効果が見えにくく、経営層の理解を得ることは困難です。DX推進チームのモチベーション低下にもつながる恐れがあります。
ビジネスの世界では「測定できないものは改善できない」とよく言われます。DXの取り組みを評価する仕組みがなければ、何が効果的で、何がムダなのか判断ができず、PDCAサイクルが回りません。
なお、成果指標を設定していない理由としては、「これから定める」「評価指標の設定方法がわからない」が主な理由となりました。

生成AIは救世主か?新たなリスクか

2023年以降、ChatGPTをはじめとする生成AIが急速に普及し、ビジネス現場でも活用が始まっています。DX推進のアクセルになると期待される一方で、新たなリスクや課題も浮上しています。

生成AI導入の現状

日本における生成AI導入について、従業員規模別での比較を見てみます。大企業は本格的に活用が進んでいることがわかる一方、従業員規模が少なくなるほど、導入は減少しています。生成AIの活用は業務の効率化や生産性向上に寄与する面が大きく、中小企業にもその効果は期待できるため、ぜひ活用を進めたいところです。

お役立ち記事:
中堅・中小企業のためのChatGPT活用ガイド – 業務効率化から売上向上までChatGPTでできること

生成AIがDXに与える両面の影響

生成AIは膨大なデータから効率的に価値を創出できるため、ビジネスモデルの飛躍や新サービスの開発に直結し得る技術です。一方で、AIが出力した結果をそのまま現場に適用すると、誤学習や偏った推論が発生するリスクがあります。技術導入のメリットとデメリットを正確に理解し、運用プロセスの中で検証やフィードバックを行う仕組みが問われています。

プラス面

生成AIを活用することで、大量のテキストや画像データを解析し、新たなアイデアやコンテンツを迅速に生み出すことが可能です。これにより、従来は人的リソースを割いていた業務を効率化し、よりクリエイティブな業務に社員が注力できるようになります。また、顧客との対話の質が向上し、より高度なパーソナライズが可能になるといったメリットも期待されています。

懸念点

AIが学習するデータの信頼性やコンプライアンス遵守が担保されなければ、誤った出力や情報漏えいのリスクが高まります。さらに、プライバシー保護やセキュリティ対策が十分に行われないまま導入を急ぐと、一瞬で信用を失う可能性も否定できません。こうした潜在的リスクを洗い出し、管理策を講じることがDX推進と同等以上に重要です。

「生成AIブーム」とDXの本質

メディアでの報道や時流に乗って、AIを導入すれば課題が一気に解決すると期待する向きもあります。しかし、実際にはDXの核となる組織文化や戦略の変革が伴わなければ、一時的な効率化にとどまり、根本的な生産性向上や新たな価値創造は実現しにくいでしょう。生成AIはあくまでツールの一つであり、それをどう位置づけてビジネスを組み立てるかが、成否を分けるポイントです。

業界別DX進捗状況の詳細分析

一口にDXと言っても、業界によっては規制の強弱やアナログ業務が多いなど、進捗を妨げる特有の要因が存在します。ここでは主要な業界ごとの現状を整理し、成功企業と遅れている企業の差がなぜ生まれるのかを解説します。

金融・保険業:最先進業界の成功要因

金融・保険分野では、オンラインバンキングやキャッシュレス決済の普及、大規模データを用いたリスク評価・商品提案など、デジタルサービスが急速に高度化しています。背景には、

  • フィンテックやネット銀行との激しい競争
  • マネーロンダリング対策やサイバーセキュリティ強化など規制対応のための投資
  • もともとのデータドリブンな業界特性

があります。
さらに、CDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)設置や戦略的なIT予算配分など経営層のコミットメントも強く、AIによる与信判断・不正検知やモバイルアプリでの顧客体験向上が進展しました。

製造業:スマートファクトリーの明暗

製造業では、IoTやセンサーを活用した生産監視や予知保全、ロボットによる自動化など、工場内のDXは着実に進みつつあります。「現場のDX」は進むが「経営のDX」が遅れている点が指摘されています。工場単位でのスマート化は進んでも、組織横断でのデータ活用やビジネスモデル変革には至っていないケースが見られます。

小売・流通業:顧客接点DXの進化

小売・流通業では、コロナ禍を契機にECやモバイルアプリ、キャッシュレス決済など顧客接点のデジタル化が加速しました。店舗とオンラインをつなぐオムニチャネルや、在庫をリアルタイム把握しAI需要予測で欠品・廃棄を抑える取り組みも進んでいます。
一方、人手不足を背景に無人店舗や省人化施策を急ぐなか、その裏側を支える店舗とECの在庫・受注・物流オペレーションの統合が進まず、システムをまたいだ手作業が残ってしまい、かえって現場の負担が高まっている企業も少なくありません。また、中小小売ではDX投資が遅れがちで、購買履歴や行動データを活用したパーソナライズな顧客体験を提供できる企業との格差が広がっています。

サービス業:DXに遅れをとる深刻な状況

サービス業は全業界の中でもDXが最も遅れており、「2025年の崖」のリスクが最も高い分野と言えます。飲食・宿泊・美容・介護などは中小・零細企業が大半で、IT投資の余裕やDX人材の確保が難しいうえ、対面中心・紙ベースの業務が根強く残っているため、デジタル化のメリットや投資対効果を描きにくいことが背景にあります。その結果、「何から手を付ければよいかわからない」「デジタル化すると現場の負担が増える」と感じる経営層も少なくありません。まずは予約・受付・シフト管理など紙やExcelで行っている事務作業のデジタル化から着手し、現場と一緒に業務フローを見える化しながら、小さく導入して効果を数値で確認しつつ段階的に広げていく“現場が確実に楽になるDX”が、現実的な第一歩となります。

中小企業が今からできる実践的DX戦略

大企業に比べ、リソースが限られる中小企業がDXに取り組むためには、具体的にどのような手段が有効なのでしょうか。実践的なステップを見ていきましょう。

ステップ①:目的の明確化

「とりあえずDXをやらなければ」と、目的が不明確なまま技術導入に走るのはよくありがちな失敗です。
経営目標や解決すべき課題を明らかにし、その上でデジタル技術の導入がどの程度の効果をもたらすのかを検討することが重要です。具体的なKPIを設定し、現場や経営層が共通認識を持てるようにしておくと、後々の投資判断や成果検証がスムーズに進みます。

ステップ②:小さく始める

いきなり全社的なシステムを刷新するのではなく、まずは一部の業務をピックアップしてデジタル化に取り組む方法が有効です。成功事例を作ることで社内の抵抗感を和らげ、DX全体の推進力を高めることができます。小規模でも成果が出れば、それが組織内のポジティブな実績として蓄積され、さらなる予算確保にもつながるでしょう。

ステップ③:外部リソースの活用

中小企業が自前だけでDXを完結させるのはハードルが高いケースが多々あります。そのため、コンサルティング企業やITベンダー、クラウドサービスなど、外部パートナーを積極的に活用することがポイントです。専門知識やノウハウを効率的に取り入れることで、短い時間と限られた費用で前進できる可能性が高まります。

ステップ④:人材育成と確保の両立

DXを進める上で不可欠なのは、高度なITスキルやデータ活用能力を備えた人材です。ただし、新規採用が難しい場合は、既存社員のスキル向上(リスキリング)に力を入れることで補うことができます。外部セミナーの活用や社内研修の強化など、小さな取り組みを継続的に行うことで、人材面の課題を段階的に解消することが可能になります。
リスキリングについてはこちらの記事も参考にしてください。
リスキリングとは?DX推進のための人材確保に不可欠な戦略

ステップ⑤:評価の習慣化

一度システムを導入して終わりではなく、導入後に定期的なレビューを行い、効果検証と改善を繰り返す仕組みづくりが求められます。具体的には、導入時に設定したKPIを定期的にモニタリングし、想定した成果が得られているかを確認します。そこから得られたデータをもとに、次の投資や最適化の方針を検討することで、DXの継続的な発展が可能となります。

中小企業DXの成功事例

経済産業省の「DXセレクション」では、中堅・中小企業のDX優良事例が紹介されています。経済産業省は、「DXセレクション2025」を選定し、令和7年3月24日に開催した「DXセレクション2025表彰式」にて、「グランプリ」1社、「準グランプリ」3社、優良事例11社の計15社を選定しました。

これら企業のDXに共通するのは、

  • 経営陣の強いコミットメント
  • 明確な課題設定
  • スモールスタート
  • 全社を巻き込んだ変革

ということがわかります。

参考:中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025(DXセレクション2025選定企業レポート)

まとめ:「崖」は回避されたのか

「2025年の崖」は回避できたのでしょうか?その答えは、「一部の企業・業界では回避されつつあるが、多くの企業では依然として危機が続いている」という、部分的な「回避」にとどまったといえます。
従業員数1,001人以上の大企業では、DX取組率が96.1%に達し、業界では金融・保険業が92.9%という高さを示しています。

一方で、従業員100人以下の中小企業のDX取組率は46.9%にとどまり、サービス業では69.1%とまだまだ発展の可能性があるといえます。
全体では、62.7%の企業にレガシーシステムが残存している状況であり、「崖」のリスクは依然として現実のものです。DXに前向きに取り組み成果を出し始めている企業と、着手が遅れ危機が続いている企業とのあいだで、二極化と競争力格差がじわじわと拡大しているのが実態だと言えるでしょう。 この格差に「手遅れだ」と落胆せず、次々と発表されるDX取り組み成功事例を参考に、自社の実情に合ったアプローチで成果を上げていきましょう。完璧なロードマップを最初から描く必要はありません。小さな一歩を踏み出し、試行錯誤しながら変化を積み重ねていくことこそが、「2025年の崖」を乗り越え、デジタル時代を生き抜くための何よりの武器になります。