近年、製造業や卸売業、物流会社においてもデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が加速しています。そのなかでも注目されているのが、生成AIや大規模言語モデル(Large Language Model、以下LLM)を活用したソリューションです。本記事では、LLMの基礎知識から、LLMを業務に活用するメリット、活用イメージを解説します。
LLMとは
LLMとは、大量のテキストデータを学習することで、人間のような自然言語処理能力を獲得した大規模な言語モデルのことです。LLMは、数億から数千億のパラメーターを持つ巨大なニューラルネットワークにより構成されており、言語の構造や意味を深く理解することができます。
LLMの代表的な例
LLMの代表的な例として、GPT(Generative Pre-trained Transformer)シリーズとBERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers)が挙げられます。
GPTは、OpenAIによって開発された言語モデルで、大量のテキストデータを用いて事前学習を行います。GPTは、与えられた文脈から次の単語を予測するタスクを通じて、言語を生成します。
一方、BERTはGoogleが開発した言語モデルで、文章の前後関係を考慮して単語の意味を理解することができます。BERTは、マスキングと呼ばれる技術で文章中のランダムな単語を隠し、その単語を予測するトレーニングを行います。
GPTやBERTといったLLMは、大量のテキストデータで事前に学習を行い、言語に関する幅広い知識を身につけています。この事前学習で得た知識を土台にして、新しい課題に取り組む際には少量のデータで学習することができます。これを「転移学習」と呼びます。
例えば、GPTを使って新しい文章生成システムを作る場合、GPTが事前学習で得た言語知識を生かしながら、その文章生成システム特有のデータを使ってGPTを追加学習(ファインチューニング)します。この追加学習には、大量のデータは必要ありません。
このように、LLMは事前学習で得た知識を応用することで、質問応答システムや文章要約ツール、感情分析システムなど、さまざまなアプリケーションに活用できるのです。
LLMの区分
LLMは、NLP(Natural Language Processing)分野で使用される技術の一種です。
LLMは、大量のテキストデータを学習することで、人間のような言語処理能力を獲得した大規模な言語モデルを指します。つまり、LLMはNLPの一部であり、特にテキスト処理タスクに特化した技術と言えます。
LLMは、前述したようにGPTやBERTなどの大規模な言語モデルを使用することで、テキスト生成、要約、質問応答など、高品質で効率的なテキスト処理が可能になります。
例えば、ChatGPTのようなLLMを活用したサービスは、ユーザーが質問を投げかけると、膨大な量のテキストデータから学んだ言語に関する知識を活用し、状況に応じた最適な回答を提供してくれます。
AIの機械学習について詳しくは、「機械学習とは?定義や仕組み、活用例などを紹介」をご覧ください。
分野別にLLMの活用で効率化できること
LLM(大規模言語モデル)は、自然言語処理に特化したAIモデルであり、言語を用いるあらゆる分野への活用が期待されています。ビジネス活用以外にも社内向けの情報管理や教育など、さまざまな方面での活用が進んでおり、今後もその応用範囲は拡大していくと予想されます。
ビジネス分野
LLMはカスタマーサポートにおける自動応答、検索エンジンでのユーザー意図の理解、マーケティング資料の作成、広告テキストの生成、消費者レビューの分析など、さまざまな用途に活用されています。これにより、業務の効率化、コスト削減、顧客満足度の向上などのメリットが期待できます。
システム開発分野
LLMは自然言語処理タスクやソフトウェア開発におけるバグ修正提案に活用されており、情報検索や意味解釈の補助、文章の要約などにも役立ちます。また、企業内の知識管理と情報共有の効率化にも貢献しています。
教育分野
アプリ内でオンラインチューターとして24時間365日学生の質問に即座に回答し、学生の理解度に合わせて説明の難易度を調整することで、個別最適化された指導を実現します。また、学習履歴や習熟度に基づいて個別の学習スタイルに合わせた教材を自動生成し、弱点克服のための練習問題も提供できます。これにより、学生は自分のペースで効果的に学習を進められます。
LLMを活用した業務効率化の事例
実際に、LLMの導入により、これまで人手で行っていた作業を自動化・最適化し、コスト削減や顧客満足度の向上を実現する企業の取り組みをご紹介します。
電子カルテと医療文書の作成の効率化
医療現場における医師の長時間労働が社会問題となっていることを背景に、音声認識技術を活用した医師の業務効率化を目指す取り組みが進められています。
この技術は、医師と患者の対話音声を認識し、電子カルテのドラフトを自動生成するだけでなく、カルテから治療の経過を要約し、保険診断書や紹介状などの医療文書のドラフトも作成します。これにより、1人の医師につきカルテ作成に要する時間を年間116時間、医療文書作成に要する時間を年間63時間削減できると見込まれています。
実際に、東北大学病院の耳鼻咽喉・頭頸部外科の医師10名による実証実験では、紹介状1件当たりの作成時間が47%削減されたという結果が得られており、音声認識技術が医師の業務効率化に大きく貢献する可能性が示されています。
(出典:電子カルテと医療文書の作成支援による医師業務効率化: Vol.75 No.2: ビジネスの常識を変える生成AI特集 ~社会実装に向けた取り組みと、それを支える生成AI技術~ | NEC)
コミュニケーション業務の効率化
LLMを活用することで、FAQ対応や顧客対応メールの自動生成、顧客の質問に対する自然な応答の生成、製品やサービスの説明文の自動生成など、コミュニケーション業務の効率化が可能になります。
PKSHA Technologyと三井住友トラスト・ホールディングス(三井住友トラストHD)は、近年のAI技術の進歩を背景に、LLM(大規模言語モデル)や機械学習(ML)技術を活用した次世代コンタクトセンター構築プロジェクトを共同で進めています。
このプロジェクトでは、ChatGPTを利用した文脈を考慮した自然な回答文の生成によるオペレーターの顧客応答サポート、規約や通話テキストなどの独自データからのナレッジ自動生成、対話内容の自動書き起こしと要約による受電後のオペレーターの情報記録業務の削減、法律・条令の変更や為替・株価・金利等の外部要因を考慮した3~6カ月先までの入電数のAI予測、オペレーターの希望や過剰出勤、シフトの偏りを考慮したシフトの自動作成など、さまざまな技術を活用しています。
三井住友トラストHDは、まず5拠点を対象に検証を進め、2025年までに全拠点へのAI実装を目指しており、PKSHAと協力して、AIと人がベストバランスで協働する次世代コンタクトセンターを実現し、「人とソフトウェアが共進化」するコンタクトセンターの実現を支援します。このプロジェクトは、応答率の向上、コスト低減、顧客の待ち時間最小化、従業員満足度の向上を目指しており、コンタクトセンターの運営効率化と顧客満足度の向上に向けて、AI技術を効果的に活用する取り組みとして期待されています。
(出典:PKSHA、三井住友トラスト・ホールディングスと大規模言語モデルを活用した過去最大規模のコンタクトセンターDXに着手‐ AI窓口、GPTによるナレッジ自動生成等を全国十数拠点へ)
高精度の翻訳で多言語の業務対応
LLMを活用した機械翻訳システムは、単に単語を置き換えるだけでなく、文脈を理解し、自然で読みやすい翻訳を生成することができます。
翻訳支援ソフトウェアのTrados Studioの2024年版では、大規模言語モデル(LLM)を活用した新機能「Trados Copilot – AI Assistant」が導入されます。従来の翻訳支援ソフトウェアでは、機械翻訳結果に用語を手動で適用する必要があり、時間がかかっていたほか、用語の使用の一貫性が課題となっていました。
しかし、この新機能では、機械翻訳結果に用語を自動的に適用し、高品質な訳文候補を生成することが可能となり、用語の一貫した使用が実現します。さらに、OpenAIのLLMを活用することで、翻訳作業の改善や言語面の課題解決が可能になります。ただし、これにはOpenAIサブスクリプションが必要となります。また、クラウド上の生成翻訳エンジン(GTE)と連携することで、高品質な翻訳結果を提供します。
この新機能により、翻訳作業の効率化と品質向上が見込まれ、LLMの活用により言語面での幅広い課題に対応できるようになるほか、サプライチェーン全体でLLMを活用できるようになることが期待されています。Trados Studioユーザーは、この新機能により生成AIの恩恵を受けられ、翻訳ワークフローの改善が期待されています。
(出典:イノベーションを加速させる:Trados Studio 2024の新しい生成翻訳機能)
LLMは企業のDXを実現する重要な技術
企業のDXを実現するうえで、LLMは重要な役割を果たします。音声認識技術やLLMを組み合わせることで、業務負担を大幅に軽減できることも実証されています。企業がデジタル化を進め、業務の効率化と生産性の向上を実現するための鍵となる技術です。
LLMを導入することで、これまで人の手で行っていたさまざまな作業を自動化し、最適化することができます。これにより、従業員は付加価値の高い業務に専念できるようになり、企業全体の生産性が向上します。
今後、AIやデジタル技術の進歩に伴い、LLMの活用はさらに広がっていくでしょう。企業の成長と発展を支える重要な技術として、その役割がますます大きくなっていくと考えられます。