農業DXとは?目指すべき方向性と事例4選

DXという言葉は広く使われるようになり、多くの人に知られるようになりました。2018年に経済産業省が公表したDXレポートを皮切りとして、現在さまざまな産業でDXへの取り組みが進められています。製造業や医療などの、ITを活用しやすいイメージの分野だけでなく、ITとは無縁に感じられる農業でも、DXへの取り組みが積極的に進められています。

今回は、農業DXの事例を通して、どのような変革が起こっているのか見ていきましょう。あわせて2021年3月に農林水産省が公表した「農業DX構想」の概要も紹介します。

農業DXとは?

DXとは、デジタル技術やデータの活用により、事業・経営上のさまざまな変革を起こし、市場競争力を高めることです。例えば、下記のような変革があります。

  • 業務フローの改善
  • 新しいサービス・製品の開発
  • 新しいビジネスモデルの構築

DXについて詳しくは、以下をご覧ください。

【徹底解説】DX(デジタルトランスフォーメーション)とは?必要性から成功事例まで  

農業DXとは言葉のとおり、農業分野におけるDXのことです。

農林水産省発表の農業DX構想とは

2021年3月に、農林水産省より「農業DX構想」が発表されました。

農業DX構想とは、農業・食関連産業に携わる人が農業DX推進の羅針盤として活用できるように農林水産省が取りまとめたもので、次のような構成になっています。

はじめに~農業DX構想策定の意義

1 農業DXの意義と目的

2 農業DXにより実現を目指す姿

3 農業DX実現の時間軸

4 農業・食関連産業分野におけるデジタル技術活用の現状

5 コロナ禍の下で明らかとなった農業・食関連産業分野における課題

6 農業DXの基本的方向

7 農業DXの実現に向けたプロジェクト(取組課題)

8 農業DXプロジェクトを進めるに当たってのポイント

農業DX構想の概要を視覚的にまとめた次の資料が全体像をイメージしやすくなっていますので、ご参照ください。

「農業DX構想」の概要< 農業・食関連産業のデジタル変革(DX)推進の羅針盤・見取り図 >(PDF) | 農林水産省

農業DX構想

農業DX構想では、農業DXの目的を下記のように設定しています。

「『デジタル技術を活用したデータ駆動型の農業経営により、消費者の需要に的確に対応した価値を創造・提供できる農業』(FaaS(Farming as a Service)の実現」

引用:農業 DX 構想 ~「農業×デジタル」で食と農の未来を切り拓く~(PDF) | 農林水産省

農業は本来、人々が必要とする食料を安定的に供給するための重要な役割を担い、その役割は変わることはありません。しかしそのあり方は、時代の流れや社会環境の変化に伴い、かたちを変えてきました。

今はあらゆる産業において、消費者の多様で移り変わりやすいニーズに素早く対応して、ニーズを満たす新しい価値を提供し続けることが求められている時代です。

農業も例外ではなく、多様化した消費者ニーズに応じた農産物の生産・提供が求められています。

そこで農業DXによって、従来のあり方から、消費者が新しい価値を実感できるようなFaaS(Farming as a Service:サービスとしての農業)へと変革していきましょうというのが、農業DX構想のテーマのひとつです。

ただし、いつなんどきでも、人間が生きていくために必要な食料の確保をすることは、不変のニーズです。また、昨今は自然環境保護の視点も重要視されます。

さまざまな課題があるのに加え、農業従事者の高齢化が進んだことによる労働力不足も顕著です。

現在は、生産工程に多くの機械や技術の導入が進んでいます。今後は、DX推進に積極的に取り組み、AI、IoTなどの先端技術を導入して作業の省力化・自動化、高度化を進めることで、農業におけるさまざまな課題を解決に導くことが求められます。

農業DXの事例4選

農業DXの成功事例をいくつか紹介します。

水門管理自動化システムによる水稲の省力化・生産性向上

富山県のある米農家の事例です。4名体制で44ヘクタールの作付面積を運用していたところに、耕作者の高齢化により手放した、自社から7キロメートル離れた農地をさらに引き受けることになりました。しかし、毎日数回、水管理のため現地に行くことが大きな負担となったことからDXに着手し、地元スマート農業ベンダーの水管理システムを導入したのです。同システムではタイマー機能と水位センサーを組み合わせたスケジュール設定が可能で、遠くにある水門を含むすべてを、手元のタブレット、パソコン、スマートフォンで操作できるようになりました。

その結果、水門調整の見回りに費やしていた大きな労力が削減されました。また、効果的な水管理により雑草が減ったことで除草剤のコストも削減し、導入初年度の収量は1割以上の増加となりました。

ハウス栽培へのデータ活用による平均単収増加

施設野菜の産地である宮崎県では、一部の農家で温度・湿度・CO2濃度などを測定する機器の導入をしていましたが、全体では普及していませんでした。施設栽培では、病害虫防止や収量向上にハウス内部の温度・湿度・水分などの管理が重要であることから、機器は必要とされます。そこで、測定機器の使い方やデータ分析方法・分析結果の活用方法について勉強会を開催し、普及に努めました。

その結果、参加者の平均単収は大きく増加し、測定機器の導入コストを1年ほどで回収できるまでの成果を上げました。また、新規就農者がほかの農業者のデータを活用することで、ベテランでも10年かかる収量を数年で達成することを可能にしたのです。このような成功体験から、農業者のデータ・測定機器の活用に意欲が生まれ、さまざまな効果を生み出しています。

ECサイト注文後、当日中に新鮮野菜を配送

静岡県のベンチャー企業が提供する、デジタルツールを活用した新しい青果流通サービスは、購入者がECサイトから野菜を注文後、地域巡回トラック(やさいバス)が最寄りの「バス停」へ当日中に配達する仕組みです。配送料は県内一律料金となっており、購入者は低コストで新鮮な野菜を入手することができます。生産者にとっても、販路の拡大と配送の手間、コスト削減が実現しています。

超低コストでの米生産を実現

広大な生産農地を持ちながら、全国平均約半分のコストで米の生産を実現した米農家の事例です。デジタル技術を活用したスマートフォンの遠隔操作による自動給水システム、天候や稲の生育状況を可視化する圃場管理システム、自動運転田植機・自動運転トラクターなどを導入し、作業の効率化を実現しました。それにより米の安定供給、生産コストの大幅削減に成功しています。

経営分析・営農支援のクラウドサービスによる経営判断のサポート

農業経営者向けにデータを活用した経営分析サービスを提供している事業もあります。スマート農業時代に突入しても、データ蓄積は進む一方で、データ活用は不十分でした。そこで、農業の各種データをひとつにまとめて可視化し、データ活用により経営判断に役立てるシステムを開発しました。分析した結果をわかりやすく提供することに加え、農業経営者と直接やりとりし、データ活用のアドバイス・サポートを行っています。

なお、農業への不変のニーズは、あくまでも「食の安定供給」です。食の安定供給におけるサプライチェーン上にある、製造、物流、小売り、食品業界などのDX推進状況も確認しておくとよいでしょう。
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農業DXは私たちの食生活を支え豊かにする重要な取り組み

農業は私たちの食生活を支える重要な業種ですが、高齢化による労働力不足をはじめ、課題を多く抱える業種でもあります。また、今の時代は、食の安定供給にとどまらず、時代のニーズに応じた、これまでにない付加価値の提供も期待されます。

農業DXは、既存の農業の課題を解決すると同時に、新たな価値を提供するための取り組みです。農業DXが進むと、私たちの食生活もより豊かなものになるでしょう。 ただし、DX推進が遅れがちな日本では、農業DXはけっして進んでいるとはいえません。今回紹介した事例のように、さまざまなかたちで農業DXが進み、成果につながることが期待されます。